数ならぬ

理学系のこと、特に数学について書きます。雑学的な知識もまとめていく所存。

鈴と香り

 別にロマンチックな話をするわけではないが、大層なタイトルをつけてみた。私はこの間初めて知ったのだが、香道と呼ばれる日本の伝統的な趣味があるようだ。私が知っている道は茶道、華道、剣道、柔道くらいのものだったので、大変に驚いたものである。

 

 その香道の中でも一際ロマンチックな競い合いがある。それが源氏香である。以降、香の匂いを嗅ぐことを香道に倣って「聞く」と表現する。

 

 競い合いと言っても単純であり、参加者は、五種類の香を五本の線として表しその五種類が順番に() かれていくのを聞き、匂いが同じだと思った香を表す線同士の頭を繋ぐ。たったこれだけである。たとえば1番目と4番目、2番目と3番目に炷かれた香の匂いは同じで、5番目だけはどれとも違う香りだというとき、次のような図になる。

一番目と四番目、二番目と三番目だけを結んだ図は椎本(しいがもと) と呼ばれる。

 この図のことを香図と呼ぶ。なかなかおしゃれなマークになったではないか。この香図にはそれぞれ名前がつけられていて、その名前は香図は52種類あることから全54帖存在する『源氏物語』のそれぞれの帖に由来する。上の図は第46帖の『椎本』に由来する。

 ここで数学的思考が芸術鑑賞を邪魔するわけだ。「ん?52通り香図があるらしいけれど、それってどうやって数えるんだろうか?」というようにである。いくらなんでも三條西実隆、志野宗信、足利義政に失礼だ。実際、室町幕府8代将軍も香道にどっぷりと浸かっていたようである。日野富子にどつかれながら執り行っていたのだろうか。そこら辺は歴史に無知な私にとってわからないことである。

 

 さて問題を今一度述べておこう。

 

香図の問題
香図が52通り存在することを数え上げなさい

 

 この問題は時間の十分あったであろう平安時代の人間などには簡単なことだろうが、我々にとっては難しい問題である。ということで次のような言い換えをしてみよう。

 

問題の言い換え
異なる5つのものを幾らかの区別できないグループに分けるとき、この分け方の場合の数を求めなさい

 

 五本線の頭を繋ぐことを、グループ分けする、と言い換えただけである。この問題を解決するためには一般化をすることが重要である。次のような概念を導入する。

 

Bell数の導入
異なるn個のものを区別のないグループに分ける時、その場合の数をB_nと書き、この数列をBell数と呼ぶ

 

 正直に言おう、また漸化式を立てる。次のような漸化式が成り立つ。

 

Bell数の漸化式
\displaystyle B_{n+1}=\sum_{k=0}^n {}_nC_k B_k

 

Proof
n+1個のものをグループ分けしていく。次のように考える。考えているものはX=\{1,2,3,\cdots ,n,n+1\}と一対一に対応する。ここでn+1を含む集合の元の個数で場合分けする。集合の元の個数がkの時、残りの元はn+1-k個である。
このとき、この残りの元をグループ分けする場合の数はB_{n+1-k}通り。また、集合の元の個数はkであり、必ず入るn+1を固定してn+1個の元を持つ集合からk個選ぶ組み合わせを考えてみると、_nC_{k-1}通りの場合の数である。積の法則を用いると_nC_{k-1}B_{n+1-k}というふうにかける。
これをk=1\to n+1で足し合わせれば良いので\displaystyle B_{n+1}=\sum_{k=1}^{n+1}{}_nC_{k-1}B_{n+1-k}
この和の取り方を少し変えて、二項係数の公式_nC_k={}_nC_{n-k}を用いると、
\displaystyle B_{n+1}=\sum_{k=0}^{n}{}_nC_{k}B_{k}◽︎

 

 また証明からわかるように、B_0=1と定義している。これによりB_1=1がわかる。求めたいのはB_5であったのでそこまで頑張って漸化式を使って計算していくと、B_2={}_1C_0 B_0+{}_1C_1 B_1=2
B_3={}_2C_0 B_0+{}_2C_1 B_1+{}_2C_2 B_2=5
B_4={}_3C_0 B_0+{}_3C_1 B_1+{}_3C_2 B_2+{}_3C_3 B_3=15
B_5={}_4C_0 B_0+{}_4C_1 B_1+{}_4C_2 B_2+{}_4C_3 B_3+{}_4C_4 B_4=52

 というようにB_5=52が示された。

 

 B_nは香図を一般化して線をn本にしたときにありえる組み合わせの場合の数ということになる。これ以降n本の線を持った香図をn-香図と呼ぶ。

6-香図の組み合わせ方は203通り存在するので香図に名前をつけるとしたら、まあ漫画から名前を取るしかないのではないか。ちょうど203もしくは201エピソードで最終回を迎える漫画があったらご一報ください。

7-香図になると、877通りの組み合わせが存在する。人間の創作力ではかなり厳しくなってきた。

8-香図になると、4140通りである。『失われた時を求めて』の原文のページ数が3000ページほどなので「最も長い小説」のページ数で名前をつけようと思っても足りない。

 やはり通常の香図が一番収まりが良い。『源氏物語』から名前を取るという発想ができたことは、香道を嗜む人間にとって『源氏物語』は身近なことであったことの証左ではないだろうか。