完全数というのは魅力的な対象である。おそらくこのブログを観に来るような人は大抵数学好きであるから定義を知っているだろうが、一応私はブログをにするように心がけているので、定義を入れておこう。
キリスト教的にはは神の数字
には一つ足りない不完全さの象徴として現れているらしいが、実際には
は完全数である。まあ天地創造は
日で行われたらしいので
さて、完全数は偶数であれば特定の形をしていることが証明されている。それはメルセンヌ素数とのつながりでご存じの方も多いだろう。一応記事内でも示しておこう。そうそう完全数についての記事は書かないと思うので、思い立ったが吉日というやつだ。
この定理をうまく利用する。
このとき、と
が成り立つので、
が成り立つ。
はオイラーが証明した。またしてもさすがと言わざるを得ない。千年ほどの時を超えて完全数は二人の数学者を結びつけるのである。
とかける。この時
が偶数であるという仮定により、
が成り立つ。
とが完全数であるという事実から
が成り立つ。これらの等式を結ぶと
が導かれる。
ここでより
が成り立つ。これを元の式にも代入すると、
が成り立つことがわかる。
仮にが成り立つとしよう。この時
の約数には少なくとも
があることから
がわかる。よって
としたのが誤りであり、
であることがわかる。
この事実からが成り立つことがわかり、
を満たすような
は必ず素数であることが
という変形によりわかる。よって
は素数かつ
がわかった
途中で存在する型の素数はメルセンヌ素数と呼ばれるが、メルセンヌは神学者でもあった。彼が完全な数に自身の考案した数が組み込まれていることを知ったらどう思うだろう。私だったらとても言葉では言い切れない畏敬と感動を抱くだろう。
さて、偶数の完全数についてはどんな形をしているのかがわかった。しかし奇数についてはどうだろう。我々人類はどのような奇数が完全数となるのかはわかっておらず、そもそも奇数の完全数の存在も定かではない。
つまり、完全数全体はあまりよくわかっていないのである。今回は無平方な完全数が以外に存在するかどうか議論したいと思う。
無平方数で完全数になるものを求めてみよう。まずは具体的なケースから証明してみる。ただし、これ以降が素数であるようなケースは扱わない。なぜなら、
となり、
では
が成り立つからである。
ということでまずは異なる素因数が二つであるような無平方数が完全数になるようなケースを考える
対称性により
ここで
これを元の式に代入すると、
この式から明らかなように、右辺は
よって
そしてこの後としたとき、
個の素因数を持つような無平方の完全数について考える。
背理法により示す。
が成立する。ここで
の左辺は
この証明からわかる通りでは明らかな矛盾が発生してしまう。しかし
ではこの証明は使えないことも同時にわかる。
が
の倍数になったとしても矛盾が生じないからである。幸いにもウォームアップだと思っていたことが場合わけの全てを潰していたのである。これらの定理群を合わせると欲しかった次の定理が得られる。